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2016年鐘7月号巻頭言

 運命の出会い 

主任司祭 ミカエル 山浦 義春

今から数年前、長崎の地で運命を感じさせる出会いがありました。私が本河内教会の主任に着任し3年目に入ったころです。ある日私が祈りをしているとご年配の信徒の私の傍らに来られ、「ゆるしの秘跡受けた言葉をかけてこられましたその方の傍らに付き添ってこれらた方に目をむけると、以前同じように私に声を掛けてこられた方でした。このご年配の方と同じように、祈りをしていた私の傍らに来られ、「ロザリオを貸してください」と言っのでした。この方々との関わりはそれからも続きました。ご年配の方はかねてより「聖母の騎士で出会った神父様から最期の秘跡をうけたい」と希望しており、数かには私がご自宅を訪れ、「病者の塗油」の秘跡を執り行うことになったのでした。帰天されるまでの数か月間は、ご本人とご家族との希望で、ご自宅や病院を何度も訪れ、共に祈りをする機会をもつことが出来ましたその間ご息女の方からお母様の人生を振り返り、聖母の騎士修道院のひとりの外国人修道士と親しかったこと、聖母の騎士修道院のルルドをとても気に入っていたことそして3年前から「ゆるしの秘跡」を受けたいと言ってまた久しぶりに聖母の騎士修道院を訪れるようになっことなど伺うことができました。そして5月の中ごろ、天国に召されたのでした。この出会いには続きがあります。ご息女がいる九州と私の今いる東京は遠く離れていますが、その距離を越えて、共に祈り、ミサを捧げる機会を得ているのです。そして今年もその機会が巡って来たのでした。帰天されたお母様の追悼ミサを私が捧げることになったのです。この方々との出会いは偶然のようにも思えますが、今思えば聖母の騎士で祈りをしていなければ生まれなかったものです。祈りを通して神様が私たちを結び合わせてくれたという運命的なものを強く感じます。

今置かれている場所、教会、そしてひと時訪れただけの巡礼の場所であっても、新しい出会い新たな運命の始まりかもしれません。私たちはもっと出会いを喜び、知り合った時の嬉しさを忘れないようにしましょう。その出会いはもしかしたら、神様からの運命の贈り物かもしれません。神様は数々の出会いによって、私たちをそっと旨へかなうものへと導いていらっしゃるのです。

2016年鐘6月号巻頭言

み⼼のタペストリー

主任司祭ミカエル山浦義春
長崎・本河内教会で主任の仕事をさせて頂いていたころ、在世フランシスコ会の霊的補佐として長崎空港がある大村市の植松教会に足を運んでいた時のこと、植松教会には衝撃的なタペストリーが飾られてあるなと思いながら司牧をしていました。「イエス様の胸に心臓が描かれ、茨のようなものが心臓を覆って、その背後には炎のようなものがある」図柄でした。その図柄を見ているだけでイエス様が何かを訴えかけてくるような気がして、私は何か心揺さぶられる思いがしていました。その頃の私は「十字架のイエス」「羊を抱き寄せるイエス」「最後の晩餐のイエス」と、聖書を通してのイエス様しか知りませんでしたので、この教会に飾られているタペストリーが「イエスのみ心」についての絵であることには気づきませんでした。ましてや、どんな意味が込められいるのか知るよしもありませんでした。その後「イエスのみ心」の信心について学び、あのイエス様の燃える心臓のタペストリーについて多くの事を知ることが出来ました。
それは、17 世紀にマルガリタ・マリア・アラコック修道女にイエス様が出現され、その時に愛の奇跡を示し、これを世のすべての人々に伝えることを望んだこと。またイエス様が出現した姿(茨と炎で覆われている心臓)を人々が崇敬することを求めたこと。さらにミサを通して聖体拝領を頻繁に受けること、特に月の最初の金曜日に聖体拝領を受けることなどを修道女に伝え、この内容を広めることを求めたことです。この修道女へのイエス様の出現は、イエス様が行ったようにすべての人に対して愛の行為を私たちも行ってほしいというイエス様の思いの現れであるとも言われています。この「み心のタペストリー」は、イエス様が私たちに示そうとしている生き方を語りかけてきているのだと改めて気づかされました。それ以来私は、「イエス様のような気持ちをもっているか」を自分自身に問い続けています。6 月に入ります。教会はイエス様のこの出現をうけて、6月を「イエスのみ心の月」としています。私たち一人ひとりがイエス様のように周りの人々に対して愛する気持ちを抱くことが出来ますように。

2016年鐘5月号巻頭言

5月は聖母マリアさまに・・・ 
主任司祭 ミカエル 山浦 義春

私が住んでいた紐差(ひもさし)では、5月になると地域全体の方々が夕方から教会や地区の公会堂に集まり、ロザリオの祈りを唱え、聖母マリアさまへの讃美歌を歌い、家庭と子どものための祈りをしていました。田舎に住んでいた私にとって、このような祈りの集まりは当たり前のこととして、なんの抵抗なく受け入れていましたが、どうして5月は集まる人々が大勢いるのか不思議に思っていました(当時の地元では一年を通して毎週日曜日の夕方は10家族くらいが集まり祈りをしていました)。
カトリック教会において5月は、聖母マリアさまに特別に祈りがささげられる「聖母月」となっています。この聖母月の信心は18世紀のころからイタリアで特に盛んとなったようです。イタリアの5月は花咲きほこる1年で一番美しい季節であり、またご復活節にあたり、主の復活と希望に満ちた月です。このようなことから5月に聖母マリアさまに特別な祈りを捧げる習慣が生まれ、盛んになったのでしょう。現在では日本をはじめアジアでも、この習慣が引き継がれています。長崎の教会では、「岬の聖母祭」「五島のルルド祭」「本河内のルルド祭」「聖母祭」という名称で特別に祈りが行われ、また学校ではロザリオの祈りをする学校もあり、それぞれの地域にあった形となって受け継がれています。
私たちの亀有教会においても毎年5月になると毎日ロザリオの祈りをし、また「マリア祭」という名称で、小教区設立と聖堂献堂記念の祈りを捧げていきます。聖母マリアさまに祈りを捧げるのは、神さまに一番近い場所にいて、イエスさまの人類の救いに貢献したからです。その方に取り次ぎを求め、私たちは神さまに願いを聞いて頂くのです。私たちも聖母月に、聖母マリアさまに祈りをささげましょう。私たちの願いを聞いて頂くために。「全人類が平和でありますように」「孤独な人に喜びが分け与えられますように」「聖母マリアさまのようにイエスさまの傍らにいることができますように」と。
 

2016年鐘4月号巻頭言

 御父への道 
主任司祭 ミカエル 山浦 義春
主の復活おめでとうございます。
 
父なる神様の御旨を果たした結果、特別なお恵みとしてイエス・キリストは「復活」しました。御旨とは「人類を父なる神様の傍らに導くための道をつくることです。その道とは弱い立場、女性、子ども、孤独な人々を含めた「隣人を愛すること、隣人を受け入れること、隣人と共に歩むこと」の大切さを考えさせ、実行を促すことです。そしてイエス・キリストは生涯を通して、受難を通して、十字架上の死を通してそれを私たちに示してくださいました。イエス・キリストの復活には、私たちも彼のように生きるならば、御父の傍らに導かれる「復活」のお恵みが与えられるという希望は確かに叶えられるとの喜びがあります。この復活を信じることがキリスト教の信仰の中心であり、キリスト教信仰の神髄です。キリスト教において肉体の死が終わりではないのは、この復活の考え方があるためです。さぁ私たちもその喜びと希望のために、永遠に変わることのないお恵みを頂くために、御父への道を歩き出しましょう。
 
 主の復活おめでとうございます 

助任司祭 フィリッポ 藤澤 幾義
年も桜の開花にあわせて主のご復活をお迎えし、信者の皆さんとご復活のお祝いができることをとてもうれしく思います。人間は誰しもいろいろな状況の下に、その日その時を迎えるわけですが、私は、今年、司祭叙階50年目の節目の年になります。その節目の年の主のご復活を亀有教会で迎えることが出来たことを大きなお恵みと心より感謝いたしております。これからも皆様方のお祈りに支えられながら、復活の信仰に生かされつつ司祭生活に邁進して参りたいと決意を新たにしております。主の復活おめでとうございます。

ガブリエル 橋口佐五右衛門
今日お昼前に足を引きずりながら郵便ポストまで行って帰る途中、フランシス館の前に二籠の白い卵が置いてあるの見て、いよいよ主の復活祭だなぁと考えていたら、後ろから笑顔いっぱいの御二人の御婦人が「おはようございます」とご挨拶してくださいました。このお二人の御婦人からゲーテの輝く笑顔を眺めての「ファウスト」の中でもとても素晴らしく描かれている一節が浮かんできました。「その最初の輝きは夜の闇を追い払います。その輝きはあらゆる園に広がっていきます。大自然は新しい生命に目覚めます。」ドクトル・ファストとその友であるワグナーは輝く平原の中で喜びに満ち溢れ叫びます。深い平和が地上に達します。キリスト信者たちの喜びの歌声が遠くの教会から響いてきます。「キリストは復活したと」そこにはファストの平和と喜びがります。教会はイエス様のご復活のこの上ない喜びを詩編作者と共に歌います。「今日こそ神が創られた日。喜びうたいこの日を共に」。私たちも教会と共に歌うことが出来ますように信仰を新たにしたいものです。


 

2016年鐘3月号巻頭言

 信仰こそ・・・ 
主任司祭 ミカエル 山浦 義春

1865年3月17日は長崎における日本の信徒発見の日です。この日が来るまでに日本のキリスト者は太閤豊臣秀吉の伴天連追放令から始まり、将軍徳川家光の時代には苛烈な弾圧を受け、以後禁教令の解除まで迫害を受け続けてきました。正月には「踏絵」、共同生活においては「五人組」、信仰においては「檀家制」、金銭においては「密告者への報奨金制度」などが取り入れられていました。これによりキリスト者は追い詰められ、相次ぐ殉教者を出し、指導者と言われる司祭もいなくなっていきました。そして200年以上が経ち、誰もが日本のキリスト者の存在は絶望的と思っていた時代、司祭の前に自分たちの信仰を告白する長崎・浦上村の信者が現れたのでした。彼らは「わたしたちは皆、あなたと同じ心です」とプティジャン神父様にささやきました。この信仰の告白をうけた喜びをプティジャン神父様は、横浜に教会を献堂したジラール神父様に「心からお喜びください。私たちは昔のキリシタンの子孫がたくさんいるすぐ近くにいたのです。彼らは、聖い信仰に関する事柄をよく記憶にとどめているように思われます。・・・」と手紙つづっています。この浦上の信徒をはじめ長崎の各地に潜伏していたキリスト者は、迫害のさなか指導者もいないのに、何代にもわたり自分たちの信仰を守り育ててきたのです。その苦難とそれに立ち向かって生きる力強さはどこからきたのでしょうか。秘跡も行われない、聖書の説明もない。あるのはバスチャン暦と言われる暦とオラショと言われるお祈りと信徒からの洗礼だけ。自分たちを受け入れる人がいない状況で信仰を守るため、長崎の潜伏キリシタンは住み慣れた場所を離れ、財産を放棄し、誰もいない未開の地域への移住を繰り返してきました。実際に私の先祖も外海、黒島、上五島、平戸とわたりながら、平戸の田崎という場所に住み着いたそうです。見知らぬ移住先では家族での祈りを一番大切にし、物質的には貧しくとも、神様を信じる信仰を中心に家族の絆を強め、信仰の喜びや信仰の大切さを感じとっていたそうです。目に見えない大きな神に希望を持つこと、これが大きな支えとなったのです。今月私たちはご復活祭を迎えます。復活されたイエス、そして復活のお恵みを与えた父なる神様の存在を信じて希望を持ちましょう。苦難に負けない力は希望に満ちた信仰を持つことによってもたらされるのです。

2016年鐘2月号巻頭言

イエス様の道を 
主任司祭 ミカエル 山浦 義春

日本にとってフィリピンにとって世界中にとって喜ばしいお知らせがありました。それは教皇フランシスコが2016年1月21日にキリシタン大名として知られているユスト高山右近(1553年〜1615年)を殉教者として正式に認定し、福者の列に加えることを承認する教令をだされたことです。戦国時代を生き抜いた彼は、時の権力者の禁教令に従わず大名である地位を放棄し、その後、北陸をはじめ日本国内を彷徨いながらイエス様が語った父なる神様への道、真の幸福を探し求めました。江戸時代のキリスト教禁教令によって外国人の宣教師、信徒と共にフィリピンに流されて63歳の生涯を終えました。高山右近は物質的な豊かさや名誉以上に人間を真に幸福にするものを問い続け、目に見えない神様の永遠の愛といのちに真の幸福があると確信しました。このような生き方を求めた日本人は他にもいました。彼と同じ時代を生き抜き、同じ信仰を秘めた方々です。現在は聖トマス西と15殉教者、福者ペトロ岐部司祭と187殉教者、日本26聖人殉教者などいわれる人々で、幼い子供から年配者、男性女性、農民、商人や武士など年齢も身分も階級も異なりますが、当時の権力者の言葉よりも宣教師が伝えたイエス様が語られた言葉を心の支えとして大切にしました。そしてあるときにはいのちをかけてイエス様の言葉をほかの人々に語り、伝えていきました。どんなに苦しい責め道具、極刑があろうとも、イエス様の言葉を守り続けました。その中で日本最初の殉教者である日本26聖人殉教者(1597年 2月5日 西坂の丘で殉教)は、時の権力者である豊臣秀吉によって、キリスト教を信じる者たちへの見せしめとして捕縛され、耳や鼻を削ぎ落され、京都市内を引き回され、京都から長崎までの道のりを歩かされます。12歳になる少年や年配の神父さま、神父さま方に宿を提供した人までも捕縛され、最後には西坂の丘の上で磔の刑に処せられました。名前が知られていない殉教者、イエス様の道を貫き通した方々は大勢います。私たちがイエス様の道を歩き続けるならば、自分たちの信仰を貫き通した方々の事をもう一度思い浮かべ、私たちがどんな生き方ができるのか考えても良いと思いました。どんな生き方が出来るのでしょうか。共に考えましょう。

2016年鐘1月号巻頭言

今年から亀有教会の月報の巻頭言を載せることにしました。よろしくお願い致します。(広報)

      新年によせて 

亀有教会主任司祭 ミカエル 山浦 義春
あけましておめでとうございます。
      今年も皆様の上に神様の豊かなお恵みがありますように。
今年は神様からの愛を感じ、自分なりに受け止め、実行する良い機会の年にして下さればと思います。それは教皇フランシスコ様が昨年の無原罪の聖母の祭日(12月8日)から今年の王であるキリストの祭日(11月20日)までを「いつくしみの特別聖年」と定めたからです。
教皇フランシスコは信者の生活を導くために、『福音の喜び』という書簡を書かれました。その中で教皇様は、個人主義への埋没、他者への無関心、消費社会、貨幣経済の弊害、司牧者を含めた信者の世俗主義への埋没を嘆き、教会全体が、そして信者一人ひとりが洗礼を受けた者として、神様とつながっていることの喜びを新たにし、その喜びをもって福音を広めたいという強い意思と希望を持つよう説いています。また教皇様は信者の信仰生活を見ていく中で、特に生活において傷つき、弱い立場にある方に寄り添うことの必要性を強調しています。そして第二バチカン公会議閉幕50周年目に当たるこの時期に「特別聖年」を教皇様自らがお定めになりました(聖年は通常25年ごとの区切りの年に定められるが、教皇の意向により任意の時に特別聖年を定めることができる)。
『イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔』という大勅書の中で記されているとおり、イエス様によって父なる神様のいつくしみに満ちた愛が伝えられました。イエス様によって示されたそのいつくしみの愛は私たちの信仰のかなめです。イエス様は父である神様のいつくしみと愛を私たちに感じ悟らせるためにその生涯と命を捧げました。イエス様によって伝えられた神様のいつくしみの愛にもっとまなざしを向け、観想するように強調されています。
イエス様が語られた父なる神様のいつくしみの愛についての話として聖書から引用されている内容は放蕩息子の父、一匹の羊を探す羊飼いのたとえです。このたとえは主に立ち返る人を絶対に見放し諦めず、そして、喜んで赦し、私たちを暖かく包み込み、安堵させ、支えてくれる父なる神のいつくしみを伝えています。聖書以外にも神の恵みを具体的に表している秘跡の中で、ゆるしの秘跡を通して父なる神様によってゆるされていることが強調されています。まさにこの大勅書は神様のいつくしみの愛とは何かが記されています。
今年の教会はこのような神様のいつくしみの愛にもとづいて行動することが求められています。このことを私たち一人ひとりの目標として今年一年を過ごしていきたいと思います。