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2016年鐘8月号巻頭言

 よりどころ 

主任司祭 ミカエル 山浦 義春

 

皆さんの心に残る大切な思い出はなんでしょうか。家族との思い出でしょうか。私の場合は母が作ってくれたお味噌汁です。家族が集まって笑いながら、時には喧嘩しながら囲んだ食卓の事を思い出します。たいした御馳走はありませんでしたが、白いご飯と一緒に頂いたお味噌汁の味は忘れることができません。今回も帰省の際に母にお願いして食卓に出してもらいました。どうしてお味噌汁なのか。それは一口すすると安心し、自然と力が湧いてくるからです。当の母は「たかが味噌汁」と言います。確かに味噌汁は主食でもなければメインディッシュでもありません。けれども今では兄弟が集まると母の味噌汁の話しで盛り上がるのです。母の味噌汁はいつの間にか兄弟を繋げ、家族を支える「よりどころ」となっているのではと思います。

ところであなたの信仰のよりどころはなんでしょうか。いろいろあるかもしれません。洗礼時に頂いた洗礼名でしょうか。代父母から頂いた言葉でしょうか。それとも家族、恩人、尊敬する方からかけて頂いた言葉でしょうか。私たちはそれぞれに信仰のよりどころとするものがあると思います。それさえあればどのような苦しい状況に置かれたとしても、逃げずに耐え、時には笑顔にさえなることがきるのです。私はよく江戸時代の激しい弾圧の中に生き、信仰を守り抜いた人々の、ときには殉教の道を選んだ人々の信仰を支えたものは何だったのかに思いを馳せます。潜伏キリシタンは観音像と見立てて聖母マリア様の像をおき、また洞窟の壁や掛け軸に聖母マリア様を描いています。そこに集まり、聖母マリア様の取り次ぎを求めて熱心に祈りを捧げていたのでしょう。役人に見つからないように、見つかっても分からないように、受け継いできたものを大切に守りつづけて行ったのです。

教会では8月15日に聖母マリア様の被昇天の祭日をお祝いします。あらためて様々な時代を生きた多くの信仰者の聖母マリア様への思い、そして信仰のよりどころとして慕われてきた聖母マリア様の神様への信仰について考えてみましょう。