ブログtop      月別記事      新着記事      カテゴリー
<< 2016年鐘5月号巻頭言 | main | 2016年鐘7月号巻頭言 >>

2016年鐘6月号巻頭言

み⼼のタペストリー

主任司祭ミカエル山浦義春
長崎・本河内教会で主任の仕事をさせて頂いていたころ、在世フランシスコ会の霊的補佐として長崎空港がある大村市の植松教会に足を運んでいた時のこと、植松教会には衝撃的なタペストリーが飾られてあるなと思いながら司牧をしていました。「イエス様の胸に心臓が描かれ、茨のようなものが心臓を覆って、その背後には炎のようなものがある」図柄でした。その図柄を見ているだけでイエス様が何かを訴えかけてくるような気がして、私は何か心揺さぶられる思いがしていました。その頃の私は「十字架のイエス」「羊を抱き寄せるイエス」「最後の晩餐のイエス」と、聖書を通してのイエス様しか知りませんでしたので、この教会に飾られているタペストリーが「イエスのみ心」についての絵であることには気づきませんでした。ましてや、どんな意味が込められいるのか知るよしもありませんでした。その後「イエスのみ心」の信心について学び、あのイエス様の燃える心臓のタペストリーについて多くの事を知ることが出来ました。
それは、17 世紀にマルガリタ・マリア・アラコック修道女にイエス様が出現され、その時に愛の奇跡を示し、これを世のすべての人々に伝えることを望んだこと。またイエス様が出現した姿(茨と炎で覆われている心臓)を人々が崇敬することを求めたこと。さらにミサを通して聖体拝領を頻繁に受けること、特に月の最初の金曜日に聖体拝領を受けることなどを修道女に伝え、この内容を広めることを求めたことです。この修道女へのイエス様の出現は、イエス様が行ったようにすべての人に対して愛の行為を私たちも行ってほしいというイエス様の思いの現れであるとも言われています。この「み心のタペストリー」は、イエス様が私たちに示そうとしている生き方を語りかけてきているのだと改めて気づかされました。それ以来私は、「イエス様のような気持ちをもっているか」を自分自身に問い続けています。6 月に入ります。教会はイエス様のこの出現をうけて、6月を「イエスのみ心の月」としています。私たち一人ひとりがイエス様のように周りの人々に対して愛する気持ちを抱くことが出来ますように。