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2016年鐘3月号巻頭言

 信仰こそ・・・ 
主任司祭 ミカエル 山浦 義春

1865年3月17日は長崎における日本の信徒発見の日です。この日が来るまでに日本のキリスト者は太閤豊臣秀吉の伴天連追放令から始まり、将軍徳川家光の時代には苛烈な弾圧を受け、以後禁教令の解除まで迫害を受け続けてきました。正月には「踏絵」、共同生活においては「五人組」、信仰においては「檀家制」、金銭においては「密告者への報奨金制度」などが取り入れられていました。これによりキリスト者は追い詰められ、相次ぐ殉教者を出し、指導者と言われる司祭もいなくなっていきました。そして200年以上が経ち、誰もが日本のキリスト者の存在は絶望的と思っていた時代、司祭の前に自分たちの信仰を告白する長崎・浦上村の信者が現れたのでした。彼らは「わたしたちは皆、あなたと同じ心です」とプティジャン神父様にささやきました。この信仰の告白をうけた喜びをプティジャン神父様は、横浜に教会を献堂したジラール神父様に「心からお喜びください。私たちは昔のキリシタンの子孫がたくさんいるすぐ近くにいたのです。彼らは、聖い信仰に関する事柄をよく記憶にとどめているように思われます。・・・」と手紙つづっています。この浦上の信徒をはじめ長崎の各地に潜伏していたキリスト者は、迫害のさなか指導者もいないのに、何代にもわたり自分たちの信仰を守り育ててきたのです。その苦難とそれに立ち向かって生きる力強さはどこからきたのでしょうか。秘跡も行われない、聖書の説明もない。あるのはバスチャン暦と言われる暦とオラショと言われるお祈りと信徒からの洗礼だけ。自分たちを受け入れる人がいない状況で信仰を守るため、長崎の潜伏キリシタンは住み慣れた場所を離れ、財産を放棄し、誰もいない未開の地域への移住を繰り返してきました。実際に私の先祖も外海、黒島、上五島、平戸とわたりながら、平戸の田崎という場所に住み着いたそうです。見知らぬ移住先では家族での祈りを一番大切にし、物質的には貧しくとも、神様を信じる信仰を中心に家族の絆を強め、信仰の喜びや信仰の大切さを感じとっていたそうです。目に見えない大きな神に希望を持つこと、これが大きな支えとなったのです。今月私たちはご復活祭を迎えます。復活されたイエス、そして復活のお恵みを与えた父なる神様の存在を信じて希望を持ちましょう。苦難に負けない力は希望に満ちた信仰を持つことによってもたらされるのです。